艦隊編成
太平洋戦争中の艦隊編成

(注)各艦隊所属の付属部隊の一部は省略してあります

第一艦隊            
解説
太平洋戦争開戦前
日本帝國海軍にあって、主力艦隊とされる戦艦部隊である。
海軍創設以来、常備艦隊の主力として、また艦隊決戦の決戦兵力として強化し続け、温存してきた戦力である。
但し、日露戦争後の大正軍縮や、特務艦隊の派遣・抽出、シベリア出兵、遣支艦隊といった事情により、平時においては決戦兵力としては弱体化していったという場面もあった。
  
太平洋戦争開戦後
大正11年に本来戦時における臨時編制艦隊であった連合艦隊が常艦隊となって以来、第一艦隊は連合艦隊司令部が第一艦隊を直卒してきた。だが開戦直前に組織改編が行われ、第一艦隊司令部が復活した。これにより戦場で陣頭指揮を取る事を基本とする連合艦隊では旗艦部隊である第一戦隊を連合艦隊直卒司令部戦隊として第一艦隊から外すこととなった。

開戦時には主力部隊として本土にて待機していたが、実際にハワイからマレー半島まで広大な海域を戦場とする連合艦隊にとって低速の戦艦部隊が本土に待機していても役に立ちはしなかった。結局第三戦隊他一部部隊を各地域に分派し、当初主力部隊・決戦部隊として期待された連合艦隊直卒の第一戦隊、第一艦隊の戦艦部隊・第二戦隊はまったく役に立たないまま無為の時間を過ごすこととなる。

ソロモン諸島方面、ガダルカナルを巡る戦いにおいて、作戦指揮の為に前線根拠地たるトラック諸島に前進するが戦局に寄与することはなかった。

結局連合艦隊司令部が通信機能の強化と、戦域全体を指揮するために旗艦を戦艦から巡洋艦に、そして陸上に司令部を移したことにより第一艦隊は解隊となり、戦艦を始め兵力は第二艦隊に移籍することとなった。
  
昭和19年2月25日、解隊 


所属戦隊・艦艇
1941年(昭和16年)12月 開戦時(司令長官:高須四郎中将(35期))
第二戦隊(第一艦隊司令長官直卒)
第三戦隊(司令官:三川軍一中将(38期))
第六戦隊(司令官:五藤存知少将(38期))
第九戦隊(司令官:岸 福治少将(40期))
第一水雷戦隊(司令官:大森仙太郎少将(41期))
第六駆逐隊(司令:成田茂一大佐(43期))
第十七駆逐隊(司令:杉浦嘉十大佐(46期))
第二一駆逐隊(司令:清水利夫大佐(46期))
第二七駆逐隊(司令:吉村真武大佐(45期))
第三水雷戦隊(司令官:橋本信太郎少将(41期))
第十一駆逐隊(司令:荘司喜一郎大佐(45期))
第十二駆逐隊(司令:小川莚喜中佐(46期))
第十九駆逐隊(司令:大江賢治大佐(47期))
第二十駆逐隊(司令:山田雄二大佐(46期))
第三航空戦隊(司令官:桑原虎雄少将(37期))


1942年(昭和17年)6月(司令長官:高須四郎中将(35期))
第二戦隊(第一艦隊司令長官直卒)
第三戦隊(司令官:三川軍一中将(38期))
第六戦隊(司令官:五藤存知少将(38期))
第九戦隊(司令官:岸 福治少将(40期))
第一水雷戦隊(司令官:大森仙太郎少将(41期))
第六駆逐隊(司令:山田勇助大佐(48期))
第二一駆逐隊(司令:清水利夫大佐(46期))
第二四駆逐隊(司令:被雷泰次大佐(43期))
第二七駆逐隊(司令:瀬戸山安秀大佐(45期))
第三水雷戦隊(司令官:橋本信太郎少将(41期))
第十一駆逐隊(司令:荘司喜一郎大佐(45期))
第十九駆逐隊(司令:大江賢治大佐(47期))
第二十駆逐隊(司令:山田雄二大佐(46期))
(附属) 鳳翔 瑞鳳
三日月 夕風
神洋丸


1942年(昭和17年)7月14日(司令長官:清水光美中将(36期))
第二戦隊(第一艦隊司令長官直卒)
第六戦隊(司令官:五藤存知少将(38期))
第九戦隊(司令官:岸 福治少将(40期))
第一水雷戦隊(司令官:大森仙太郎少将(41期))
第六駆逐隊(司令:山田勇助大佐(48期))
第二一駆逐隊(司令:清水利夫大佐(46期))
第三水雷戦隊(司令官:橋本信太郎少将(41期))
第十一駆逐隊(司令:杉野修一大佐(46期))
第十九駆逐隊(司令:大江賢治大佐(47期))
第二十駆逐隊(司令:山田雄二大佐(46期))
(附属) 神洋丸


1943年(昭和18年)4月1日(司令長官:清水光美中将(36期))
第二戦隊(第一艦隊司令長官直卒)
第十一水雷戦隊(司令官:木村 進少将(40期))
第十一潜水戦隊(司令官:醍醐忠重少将(40期) ※〜1943/10/19)
第十一潜水戦隊(司令官:石崎 昇少将(42期) ※1943/10/20〜)
(附属) 宿毛航空隊(司令:青山茂雄大佐(48期))


1944年(昭和19年)1月1日(司令長官:南雲忠一中将(36期))
第二戦隊(第一艦隊司令長官直卒)
第十一水雷戦隊(司令官:高間 完少将(41期))


第二艦隊
解説
日本帝國海軍における艦隊決戦時の前衛部隊として敵艦隊に対する斬減作戦を勤める巡洋艦部隊である。
創設以来第一艦隊と共に常設艦隊として日本海軍の中心部隊として存在する(一時期軍縮により編制を解隊された時期も有り)
主力部隊(第一艦隊)の前面に展開し、敵主力艦隊との決戦前に敵前衛部隊を撃破・突破し、敵主力艦隊に雷撃を行うことを主目的として練成を重ねた為、艦隊の夜間雷撃能力は非常に高かった。

太平洋戦争開戦時には南方部隊としてマレー半島・フィリピン方面に出撃、その後蘭印方面に進出した。
ミッドウェー海戦では上陸部隊輸送船団を護衛し前進したが、機動部隊の壊滅によりこれを断念。第七戦隊にミッドウェー島砲撃命令が下令されたが、敵航空戦力に阻まれ、回避行動中に『三隈』『最上』が接触事故を起こしてしまった。回避中に追撃を受け、1隻沈没1隻大破の損害を出して後退した。

以後、水上艦艇出撃の機会は殆ど無く、水雷戦隊はガダルカナル島を巡るソロモン諸島の戦いで疲弊し、巡洋艦部隊は前進根拠地であるトラック諸島で待機し続けることとなる。その後ラバウルに進出する機会が巡ってくるが、直後に空襲により被弾、後退を余儀なくされる。

1943年末からの米軍反攻のにより激化した太平洋の戦いは従来の艦隊決戦を行える状況に無く、空母機動部隊が主役となった。その為、空母機動部隊である第三艦隊と、従来の第一艦隊から水上艦艇を第二艦隊に配置換えし、機動部隊の前衛として展開。第二艦隊・第三艦隊を合わせた第一機動艦隊を編制して米機動部隊と決戦を行うこととした。
マリアナ諸島を巡る決戦はあ号作戦の名のものとに戦端を開いたが、お互いの交戦距離が航空機の最大作戦行動半径での戦いに終始したため、水上艦艇同士の戦いは行われなかった。
この戦いで機動部隊に壊滅的打撃を受けた海軍は、続くフィリピンの戦いで非情の手段を用いて米艦隊と決戦を企画した。艦隊による殴りこみ戦法である。ある意味、とても軍が採用するような作戦・・・というか、表現ではないのだが、真面目に『殴りこみ』を計画し、しかも太平洋戦争において前例があった。
ソロモン諸島における最初の海戦で第八艦隊がこの『殴りこみ』戦法を行い成功しているのである。(・・・多分成功?)
作戦自体は第三艦隊が囮部隊の任を果たし、米機動部隊を引き付けることに成功。その間に第二艦隊のレイテ湾突入は成功かと思われたが、突入直前に艦隊が反転、そのまま戦場を離脱した。この反転に関しては今尚『謎の反転』とされ、明確な原因は判明していない。

その後残存艦艇を纏めて本土に集結したが、日本海軍最期の花道と称し、戦艦『大和』による沖縄への海上特攻作戦を企図する。もはやまともな作戦を行うだけの戦力も燃料も残されていない海軍は、集められるだけの燃料をかき集めて戦艦『大和』を送り出す・・・が、当然沖縄に辿り着くことなく海中に沈んだのである。これにより実質的に日本海軍は滅亡した。
昭和20年4月20日、解隊 


所属戦隊・艦艇
1941年(昭和16年)12月 開戦時(司令長官:近藤信竹中将(35期))
第四戦隊(第二艦隊司令長官直卒)
第五戦隊(司令官:高木武雄少将(39期))
第七戦隊(司令官:栗田健男少将(38期))
第八戦隊(司令官:阿部弘毅少将(39期))
第二水雷戦隊(司令官:田中頼三少将(41期))
第八駆逐隊(司令:阿部俊雄大佐(46期)
第十五駆逐隊(司令:佐藤寅治郎大佐(43期))
第十六駆逐隊(司令:渋谷紫郎大佐(44期))
第十八駆逐隊(司令:宮坂義登大佐(47期))
第四水雷戦隊(司令官:西村祥治少将(39期))
第二駆逐隊(司令:橘 正雄大佐(45期))
第四駆逐隊(司令:有賀幸作大佐(45期))
第九駆逐隊(司令:佐藤康夫大佐(44期))
第二四駆逐隊(司令:被雷泰次大佐(43期))
(附属) 神風丸


1942年(昭和17年)7月14日(司令長官:近藤信竹中将(35期))
第三戦隊(司令官:栗田健男中将(38期))
第四戦隊(第二艦隊司令長官直卒)
第五戦隊(司令官:高木武雄中将(39期))
第二水雷戦隊(司令官:田中頼三少将(41期) ※〜1942/12/28)
第二水雷戦隊(司令官:小柳富次少将(42期) ※1942/12/29〜1943/1/20)
第二水雷戦隊(司令官:伊崎俊二少将(42期) ※1943/1/21〜)
第十五駆逐隊(司令:佐藤寅治郎大佐(43期))
第十八駆逐隊(司令: 欠 員 ) ※8/15付で解隊
第二四駆逐隊(司令:村上暢之助大佐(44期))
第四水雷戦隊(司令官:高間 完少将(41期))
第二駆逐隊(司令:橘 正雄大佐(45期))
第九駆逐隊(司令:佐藤康夫大佐(44期))
第二七駆逐隊(司令:瀬戸山安秀大佐(45期))
第十一航空戦隊(司令官:城島高次少将(40期))
(附属) 神風丸


1943年(昭和18年)4月1日(司令長官:近藤信竹中将(35期))
第四戦隊(第二艦隊司令長官直卒)
第五戦隊(司令官:大森仙太郎少将(41期))
第二水雷戦隊(司令官:伊崎俊二少将(42期) ※〜1943/7/19)
第二水雷戦隊(司令官:高間 完少将(41期) ※1943/7/20〜)
第十五駆逐隊(司令:牟田口格郎大佐(44期))
第二四駆逐隊(司令:中原義一郎大佐(48期))
第三一駆逐隊(司令:香川清登大佐(46期))
第四水雷戦隊(司令官:高間 完少将(41期)) ※1943/7/20解隊
第二駆逐隊(司令:橘 正雄大佐(45期))
第二七駆逐隊(司令:原 為一大佐(49期))


1943年(昭和18年)9月1日(司令長官:栗田健男中将(38期))
第四戦隊(第二艦隊司令長官直卒)
第五戦隊(司令官:大森仙太郎少将(41期) ※〜1943/11/24)
第五戦隊(司令官:橋本信太郎少将(41期) ※1943/11/25〜)
第二水雷戦隊(司令官:高間 完少将(41期) ※〜1943/12/14)
第二水雷戦隊(司令官:早川幹夫少将(44期) ※1943/12/15〜)
第二四駆逐隊(司令:久保田 智大佐(46期))
第二七駆逐隊(司令:原 為一大佐(49期))
第三一駆逐隊(司令:香川清登大佐(46期))


1944年(昭和19年)3月1日(司令長官:栗田健男中将(38期))
第四戦隊(第二艦隊司令長官直卒)
第五戦隊(司令官:橋本信太郎少将(41期))
第二水雷戦隊(司令官:早川幹夫少将(44期))
第二七駆逐隊(司令:白浜政七大佐(49期))
第三一駆逐隊(司令:福岡徳治郎大佐(48期))
第三二駆逐隊(司令:中原義一郎大佐(48期) ※〜1944/3/31)
第三二駆逐隊(司令:折田常雄大佐(49期) ※1944/4/1〜)


1944年(昭和19年)8月15日(司令長官:栗田健男中将(38期))
第一戦隊(司令官:宇垣 纏中将(40期))
第三戦隊(司令官:鈴木義尾中将(40期) ※1944/11/21戦没)
第四戦隊(第二艦隊司令長官直卒)
第五戦隊(司令官:橋本信太郎少将(41期))
第七戦隊(司令官:白石万隆少将(42期) ※1944/10/15中将昇進)
第二水雷戦隊(司令官:早川幹夫少将(44期) ※1944/11/11戦没)
第二駆逐隊(司令:白石長義大佐(49期))
第三一駆逐隊(司令:福岡徳治郎大佐(48期))
第三二駆逐隊(司令:大島一太郎大佐(50期))


1944年(昭和19年)12月(司令長官:伊藤整一中将(39期))
(直卒) 大和
第三戦隊(司令官: 欠 員 )
第五戦隊(司令官:橋本信太郎少将(41期))
第四航空戦隊(司令官:松田千秋少将(44期))
第二水雷戦隊(司令官:木村昌福少将(41期) ※〜1945/1/2)
第二水雷戦隊(司令官:古村啓蔵少将(45期) ※1945/1/3〜)
第二駆逐隊(司令:白石長義大佐(49期)) ※1944/12/26壊滅
第七駆逐隊(司令:岩上次一大佐(50期))
第十七駆逐隊(司令:新谷喜一大佐(50期))
第二一駆逐隊(司令:石井 汞大佐(50期))
第四一駆逐隊(司令: 欠 員 )
(附属) 大淀


1945年(昭和20年)3月1日(司令長官:伊藤整一中将(39期))
第一航空戦隊(司令官: 欠 員 )
第二水雷戦隊(司令官:古村啓蔵少将(45期) ※1945/4/20解隊
第七駆逐隊(司令:岩上次一大佐(50期))
第十七駆逐隊(司令:新谷喜一大佐(50期))
第二一駆逐隊(司令:石井 汞大佐(50期) ※〜1945/3/24)
第二一駆逐隊(司令:小滝久雄大佐(50期) ※1945/3/25〜
第四一駆逐隊(司令:吉田正義大佐(50期))


第三艦隊
解説
開戦時(5代目)
日本の艦隊のうち、もっとも編成に換わったのが第三艦隊である。これは必要に応じて編制・解散されるためであり、最初の誕生より実に6回もの艦隊編制が行われ、そしてそのつど艦隊の目的が変更されたためである。
太平洋戦争開戦時の第三艦隊は5代目にあたり、1941年(昭和16年)4月10日に編制された。
開戦時には蘭印攻略の主力となったが指揮下の部隊には老朽艦等が多く、攻撃部隊というよりも駐留部隊・治安維持部隊としての任務に特化している。
蘭印攻略後の1942年(昭和17年)3月10日より艦隊は第二南遣艦隊と改称し、連合艦隊から離れて南西方面艦隊の指揮下に編入された。
第二南遣艦隊はその後も蘭印方面に駐留し、終戦まで艦隊を維持し続けている。
   
空母機動部隊(6代目)
1942年(昭和17年)6月5日、ミッドウェー海戦で主力空母4隻を一挙に失った第一航空艦隊を再建する際に、新たに編制された艦隊であり、6代目の第三艦隊である。
従来の第一航空艦隊が遠征時に他の艦隊から戦艦・巡洋艦を借りて臨時編制を行っていたのに対し、当初から戦艦・巡洋艦を組み込んで建制の艦隊として編制された。
南太平洋海戦マリアナ沖海戦レイテ海戦などに参加し、第二艦隊と連合して日本艦隊の主力として戦ったが、最期は米艦隊を引き付けて戦艦部隊(第二艦隊)をフィリピン・レイテ湾に突入させる為の囮部隊として参加。その生涯を閉じた。
初代艦隊司令長官は南雲忠一中将であり、第一航空艦隊から引き続き空母機動部隊を率いた。
2代目司令長官は小沢治三郎中将であり、第二艦隊と連合して編制された第一機動艦隊司令長官と兼職であった。
  
昭和19年12月15日、解隊
 
所属戦隊・艦艇
1941年(昭和16年)12月 開戦時(司令長官:高橋伊望中将(36期))
(1942年(昭和17年)3月10日 第二南遣艦隊と改称)
第十六戦隊(第三艦隊司令長官直卒 ※〜1942/3/9)
第十六戦隊(司令官:原 顕三郎少将(37期) ※1942/3/10〜)
第十七戦隊(司令官:小林徹理少将(38期)) ※1942/1/3解隊
第五水雷戦隊(司令官:原 顕三郎少将(37期)) ※1942/3/10解隊
第五駆逐隊(司令:野間口兼知中佐(48期))
第二二駆逐隊(司令:杉野修一中佐(46期))
第六潜水戦隊(司令官:河野千万城少将(42期))
第九潜水隊(司令:遠藤敬勇大佐(46期))
第十三潜水隊(司令:宮崎武治大佐(46期))
第十二航空戦隊(司令官:今村 修少将(40期)) ※1942/2/1解隊
第一根拠地隊[仏印進駐・先遣隊]
第二根拠地隊[ボルネオ担当]
(附属) 山彦丸 北陸丸 畿内丸
佐世保鎮守府第二特別陸戦隊


1942年(昭和17年)7月14日 艦隊再編制(司令長官:南雲忠一中将(36期))
第一航空戦隊(第三艦隊司令長官直卒)
第二航空戦隊(司令官:角田覚治少将(39期) ※1942/11/1中将に昇進)
第七戦隊(司令官:西村祥治少将(39期))
第八戦隊(司令官:原 忠一少将(39期) ※〜1943/3/14)
第八戦隊(司令官:岸 福治少将(40期) ※1943/3/15〜)
第十戦隊(司令官:木村 進少将(40期) ※〜1943/1/20)
第十戦隊
(司令官:小柳富次少将(42期) ※1943/1/21〜)
第四駆逐隊(司令:有賀幸作大佐(45期) ※〜1943/1/17)
第四駆逐隊(司令:杉浦嘉十大佐(46期) ※1943/1/48〜)
第十駆逐隊(司令:阿部俊雄大佐(46期) ※〜1943/1/17)
第十駆逐隊(司令:吉村真武大佐(45期) ※1943/1/18〜)
第十六駆逐隊(司令:渋谷紫郎大佐(44期) ※〜1942/7/31)
第十六駆逐隊(司令:荘司喜一郎大佐(45期) ※1942/8/1〜)
第十七駆逐隊(司令:北村昌幸大佐(45期))
第十一戦隊(司令官:阿部弘毅少将(39期) ※1942/11/1中将に昇進)
(附属) 鳳翔 夕風
(赤城) (飛龍)


1943年(昭和18年)4月1日(司令長官:小沢治三郎中将(37期))
第一航空戦隊(第三艦隊司令長官直卒)
第二航空戦隊(司令官:角田覚治中将(39期) ※〜1943/5/21)
第二航空戦隊(司令官:酒巻宗孝少将(41期) ※1943/5/22〜1943/8/31)
第二航空戦隊(司令官:城島高次少将(40期) ※1943/9/1〜)
第三戦隊(司令官:栗田健男中将(38期) ※〜1943/7/21)
第三戦隊(司令官:鈴木義尾少将(40期) ※1943/7/22 1943/5/1中将に昇進)
第七戦隊(司令官:西村祥治少将(39期) ※1943/11/1中将に昇進)
第八戦隊(司令官:岸 福治少将(40期))
第十戦隊(司令官:小柳富次少将(42期) ※〜1943/1/20)
第十戦隊
(司令官:大杉守一少将(41期) ※1943/1/21〜)
第四駆逐隊(司令:杉浦嘉十大佐(46期) ※〜1943/11/16)
第四駆逐隊
(司令:磯久研磨大佐(48期) ※1943/11/17〜)
第十駆逐隊(司令:吉村真武大佐(45期) ※〜1943/9/20)
第十駆逐隊(司令:天野重隆大佐(47期) ※1943/9/21〜)
第十六駆逐隊(司令:鳥居威美大佐(47期))
第十七駆逐隊(司令:北村昌幸大佐(45期) ※〜1943/6/16)
第十七駆逐隊(司令:宮崎俊男大佐(48期) ※1943/6/17〜)
第六一駆逐隊(司令:大江覧治大佐(47期))
第五十航空戦隊(司令官:酒巻宗孝少将(41期) ※〜1943/5/9)
第五十航空戦隊(司令官:城島高次少将(40期) ※1943/5/10〜1943/8/31)
第五十航空戦隊(司令官:上阪香苗少将(43期) ※1943/9/1〜1943/11/14)
第五十航空戦隊(司令官:長谷川喜一少将(42期) ※1943/11/15〜1944/1/1)
(附属)  大淀


1944年(昭和19年)1月1日(司令長官:小沢治三郎中将(37期))
第一航空戦隊(第三艦隊司令長官直卒)
第二航空戦隊(司令官:城島高次少将(40期))
第三戦隊(司令官:鈴木義尾中将(40期))
第七戦隊(司令官:西村祥治中将(39期) ※〜1944/3/24)
第七戦隊(司令官:白石万隆少将(42期) ※1944/3/25〜)
第十戦隊(司令官:木村 進少将(40期))
第四駆逐隊(司令:磯久研磨大佐(48期))
第十駆逐隊(司令:天野重隆大佐(47期))
第十六駆逐隊(司令:古川文次大佐(49期) ※1944/1/16戦没) ※1944/3/20解隊
第十七駆逐隊(司令:谷井 保大佐(50期))
第六一駆逐隊(司令:泊 満義大佐(46期))
(附属) 千歳 最上 大淀


1944年(昭和19年)4月1日(第一機動艦隊司令長官小沢治三郎中将(37期)直卒)
第一航空戦隊(第三艦隊司令長官直卒)
第二航空戦隊(司令官:城島高次少将(40期))
第六五二航空隊(司令:鈴木正一中佐(52期))
第三航空戦隊(司令官:大林末雄少将(43期))
第六五三航空隊(司令:木村軍治中佐(52期))
第四航空戦隊(司令官:松田千秋少将(44期)) ※1944/5/1開隊
第六三四航空隊(司令:天谷孝久中佐(51期)) ※5/1開隊
第十戦隊(司令官:木村 進少将(40期))
第四駆逐隊(司令:高橋亀四郎大佐(49期))
第十駆逐隊(司令:赤沢次寿雄大佐(49期) ※1944/6/8戦没) ※1944/6/8壊滅
第十七駆逐隊(司令:谷井 保大佐(50期))
第六一駆逐隊(司令:天野重隆大佐(47期) ※1944/10/25戦没)
(附属) 最上
第六〇一航空隊(司令:入佐俊家中佐(52期) ※1944/6/19戦没)


1944年(昭和19年)8月15日(第一機動艦隊司令長官小沢治三郎中将(37期)直卒)
第一航空戦隊(第三艦隊司令長官直卒)
第六〇一航空隊(司令:鈴正一中佐(52期))
第三航空戦隊(司令官:大林末雄少将(43期))
第六五三航空隊(司令:木村軍治中佐(52期))
第四航空戦隊(司令官:松田千秋少将(44期))
第六三四航空隊(司令:天谷孝久中佐(51期))
第十戦隊
第四駆逐隊(司令:高橋亀四郎大佐(49期) ※1944/10/25戦没)
第十七駆逐隊(司令:谷井 保大佐(50期))
第四一駆逐隊(司令:脇田喜一郎大佐(48期) ※1944/11/25戦没)
第六一駆逐隊(司令:天野重隆大佐(47期) ※1944/10/25戦没)
(附属)  最上
(大鳳) (翔鶴)


第四艦隊
解説
元々は日露戦争における凱旋観艦式に備えた展示艦隊であり、ロシア太平洋艦隊・バルチック艦隊からの鹵獲艦を含めた艦隊である。この艦隊は式典後に解隊された、次に編制されたのは日中戦争当時の華北方面を担当する艦隊であった。この艦隊は上海駐留の第三艦隊に対する増援部隊として編成され黄海・東シナ海方面の哨戒任務を担当したが、実戦経験はなかった。その後第三遣支艦隊と改称して太平洋戦争に参加。青島を中心に終戦まで存在した。
  
太平洋戦争開戦時に編制されていた第四艦隊は3代目に当り、南洋諸島の防衛と調査・根拠地建設を目的に編制された艦隊である。艦隊司令長官は井上茂美中将。広大な作戦地域を担当し、カロリン諸島・ギルバート諸島・マーシャル諸島といった各諸島の防衛を担当し、マリアナ諸島グァム島、ウェーク島攻略といった任務に従事する。開戦時の第一段作戦で、唯一初撃に失敗したのが第四艦隊担当のウェーク島攻略作戦であった。
その後ソロモン諸島方面に進攻し、カビエン・ラバウルといった各島を攻略するが、ポートモレスビー攻略作戦で発生した珊瑚海海戦での失敗により司令長官は責任をとって更送された。

ソロモン方面進攻に際し、外南洋を担当する第八艦隊が編制されると、第四艦隊は内南洋部隊専任となる。
1943年(昭和18年)11月から始まった米軍の反攻によりギルバート諸島タラワ、マーシャル諸島グェゼリンが相次いで陥落・玉砕、そしてトラック島が空襲を受ける頃には艦隊としての機能を果さなくなっていき、再び司令長官(小林仁中将)の更送が行われた。

1944年(昭和19年)3月4日、絶対国防圏構想に基づき、マリアナ防衛の為に中部太平洋方面が新設され、第四艦隊はその指揮下に編入された。だが、同じく指揮下にあった第一航空艦隊マリアナ海戦直前のビアク作戦で稼動機が激減し、第十四航空艦隊も稼動機がなく、実質第四艦隊のみであった。米軍がサイパン島に上陸してくると地上戦で中部太平洋艦隊が玉砕。事実上第四艦隊も全滅した。その後は終戦まで各部隊が自給自足態勢に移行し、戦局に寄与することはなかった。
  
所属戦隊・艦艇
1941年(昭和16年)12月 開戦時(司令長官:井上成美中将(40期))
(直卒) 鹿島(艦隊旗艦)
第十八戦隊(司令官:丸茂邦則少将(40期))
第十九戦隊(司令官:志摩清英少将(39期))
第六水雷戦隊(司令官:梶岡定道少将(39期))
第二九駆逐隊(司令:瀬戸山安秀大佐(45期))
第三十駆逐隊(司令:安武史郎大佐(47期))
第七潜水戦隊(司令官:大西新蔵少将(42期))
第二六潜水隊(司令:松尾義保大佐(47期))
第二七潜水隊(司令:深谷 惣大佐(46期) ※1941/12/17戦没)
第三三潜水隊(司令:長井武夫大佐(47期))
第二四航空戦隊
千歳海軍航空隊(司令:大橋富士郎大佐(46期))
横浜海軍航空隊(司令:横井俊之大佐(46期))
第一航空隊(司令:荒木敬吉大佐(45期))
第三根拠地隊[パラオ担当]
第四砲艦隊
福山丸
第十三掃海隊
第五六駆潜隊
第三防備隊
第十六航空隊(司令:菅原正雄大佐(46期))
特設望楼
第四根拠地隊[トラック担当]
第五砲艦隊
高榮丸
第十四掃海隊 
第五六駆潜隊 第五七駆潜隊
第四防備隊
第十七航空隊(司令:山本 栄大佐(46期))
特設望楼
第五根拠地隊[サイパン担当]
第七砲艦隊
勝泳丸
第十五掃海隊
第五九駆潜隊 第六十駆潜隊
第五防備隊
第十八航空隊(高橋農夫吉大佐(47期))
特設望楼
第六根拠地隊[マーシャル諸島(グェゼリン)担当]
第八砲艦隊
八海山丸 光島丸 豊津丸
第十六掃海隊
第六二駆潜隊 第六三駆潜隊 第六四駆潜隊 第六五駆潜隊
第六防備隊
第五一警備隊 第五二警備隊 第五三警備隊
第十九航空隊(司令:中島第三大佐(48期))
特設望楼
(附属) 第四港務部[トラック]
聖川丸 松榮丸 金剛丸 金龍丸


1942年(昭和17年)6月(司令長官:井上成美中将(40期))
(直卒) 鹿島(艦隊旗艦)
第十八戦隊(司令官:丸茂邦則少将(40期))
第十九戦隊(司令官:志摩清英少将(39期))
第六水雷戦隊(司令官:梶岡定道少将(39期))
第二三駆逐隊(司令:島居威美中佐(47期))
第二九駆逐隊(司令:瀬戸山安秀中佐(45期))
第三十駆逐隊(司令:安武史郎中佐(47期))
第七潜水戦隊(司令官:吉富説三少将(39期))
第二六潜水隊(司令:松尾義保大佐(47期))
第三三潜水隊(司令:長井武夫大佐(47期))
第三特別根拠地隊[パラオ担当] ※1942/6/15付解隊
第四根拠地隊[トラック担当]
第五根拠地隊[サイパン担当]
第六根拠地隊[マーシャル諸島担当]
第八根拠地隊[ラバウル担当]
第二海上護衛隊(司令官:武田盛治少将(38期))
(附属) 第四港務部[トラック]
第四測量隊
聖川丸 松榮丸 氷川丸 金龍丸
呉鎮守府第三特別陸戦隊
神川丸


1942年(昭和17年)7月14日(司令長官:井上成美中将(40期))
(直卒) 鹿島(艦隊旗艦)
第四根拠地隊[トラック担当]
第五特別根拠地隊[サイパン担当]
第六根拠地隊[マーシャル諸島担当]
第二海上護衛隊(司令官:武田盛治少将(38期))
第二九駆逐隊(司令:島居威美中佐(47期))
(附属) 常盤 宗谷
第四港務部[トラック]
第四測量隊
國川丸


1942年(昭和17年)10月26日(司令長官:鮫島具重中将(37期))
( 同 上 )


1943年(昭和18年)4月1日(司令長官:小林 仁中将(38期))
(直卒) 鹿島(艦隊旗艦)
第十四戦隊(司令官:伊藤賢三少将(41期))
第三特別根拠地隊[ギルバート諸島・オーシャン諸島担当]
第四根拠地隊[トラック担当]
第五特別根拠地隊[サイパン担当]
第六根拠地隊[マーシャル諸島担当]
第二海上護衛隊(司令官:武田盛治少将(38期))
(附属) 常盤 筑紫
第一測量隊
第一一一設営隊
佐世保鎮守府第七特別陸戦隊


1944年(昭和19年)1月1日 (司令長官:小林 仁中将(38期))
(直卒) 長良(艦隊旗艦)
第十四戦隊(司令官:清田孝彦少将(42期) ※1944/1/10〜)
第二二航空戦隊(司令官:長谷川喜一少将(42期))
第二五二海軍航空隊(司令官:柳村義種大佐(49期))
 ※要再確認 部隊は壊滅状態の為、本土に後退・再建中
第五五一海軍航空隊(司令官:菅原英雄大佐(55期))
第五五二海軍航空隊(司令官:田中義雄大佐(47期))
第七五五海軍航空隊(司令官:嘉村 栄大佐(49期))
第八〇二海軍航空隊(司令官:鴨 遊波夫大佐(48期))
第三特別根拠地隊[ギルバート諸島・オーシャン諸島担当]
第四根拠地隊[トラック担当]
第五特別根拠地隊[サイパン担当]
第六根拠地隊[マーシャル諸島担当]
(附属) 第二魚雷艇隊
横須賀鎮守府第二特別陸戦隊
第六防空隊 第四三防空隊 第四六防空隊 第四八防空隊
春島丸
佐世保鎮守府第七特別陸戦隊
第六八防空隊
第二二一設営隊 第一一一設営隊
第三一魚雷艇隊


1944年(昭和19年)4月1日(司令長官:原 忠一少将(39期))
(直卒) 長良(艦隊旗艦)
第四根拠地隊[トラック担当]
第六根拠地隊[マーシャル諸島担当]
(附属) 第二魚雷艇隊
横須賀鎮守府第二特別陸戦隊
第六防空隊 第四三防空隊 第四六防空隊 第四八防空隊
第八一防空隊 第八四防空隊 第八五防空隊 第八六防空隊
第二二一設営隊 第二二七設営隊
第三一魚雷艇隊


1944年(昭和19年)7月18日(司令長官:原 忠一少将(39期))
(直卒) 長良(艦隊旗艦)
第四根拠地隊[トラック担当]
第五根拠地隊[サイパン担当]
第六根拠地隊[マーシャル諸島担当]
(附属) 第八五潜水艦基地隊
横須賀鎮守府第二特別陸戦隊
第八二防空隊 第八三防空隊
第二一六設営隊 第二一七設営隊 第二一八設営隊
第二二一設営隊 第二二三設営隊 第二二七設営隊
第二三三設営隊


1944年(昭和19年)12月15日(司令長官:原 忠一少将(39期))
第四根拠地隊[トラック担当]
第六根拠地隊[マーシャル諸島担当]
(附属) 東カロリン海軍航空隊[乙空](司令:小笠原章一大佐(51期))
マリアナ海軍航空隊[乙空](司令: 欠 員 )
第八五潜水艦基地隊
横須賀鎮守府第二特別陸戦隊
第二一六設営隊 第二二一設営隊
第二二三設営隊 第二二七設営隊


第五艦隊
解説
太平洋戦争中の第五艦隊は二代目であり、千島沖での哨戒任務を担当する艦隊である。だが実質は僅か1個戦隊(第二一戦隊)だけの小規模艦隊であった。
開戦後、特設巡洋艦で編制された第二二戦隊や第七根拠地隊・他が増設され、本土東方海域の哨戒任務従事した。
キスカ島撤退後は北東方面艦隊の指揮下で千島沖哨戒任務に従事していたが、フィリピン戦の為に南方方面に転戦する。南西方面艦隊の指揮下に移籍後、戦力の枯渇により解隊となった。
  
所属戦隊・艦艇
1941年(昭和16年)12月 開戦時(司令長官:細萱戊子郎中将(36期))
第二一戦隊(第五艦隊司令長官直卒)
第二二戦隊(司令官:堀内茂礼少将(39期))
第七根拠地隊[小笠原諸島担当]
第十砲艦隊
第十七掃海隊
第六六駆潜隊
(直卒)  
(附属) 尻矢 日産丸 長光丸 第2東光丸 明石山丸 快鳳丸


1942年(昭和17年)4月10日(司令長官:細萱戊子郎中将(36期))
第二一戦隊(第五艦隊司令長官直卒)
第二二戦隊(司令官:堀内茂礼少将(39期))
第七根拠地隊[小笠原諸島担当]
(附属) 汐風 帆風
君川丸
興和丸 第二日の丸 第十福榮丸 神津丸 第一震洋丸
第一監視艇隊 第二監視艇隊 第三監視艇隊


1942年(昭和17年)7月14日(司令長官:細萱戊子郎中将(36期))
第二一戦隊(第五艦隊司令長官直卒)
第二二戦隊(司令官:堀内茂礼少将(39期))
父島方面根拠地隊
(附属) 汐風 帆風 朧(詳細不明)
第二六潜水隊(司令:松尾義保大佐(47期))
第三三潜水隊(司令:長井武夫大佐(47期))
第十三駆潜隊
君川丸
興和丸 第二日の丸 第十福榮丸 神津丸 第一震洋丸
第五警備隊
第一監視艇隊 第二監視艇隊 第三監視艇隊


1943年(昭和18年)4月1日(司令長官:河瀬四郎中将(38期))
第二一戦隊(第五艦隊司令長官直卒)
第二二戦隊(司令官:久保九次少将(38期))
第一水雷戦隊(司令官:森 友一少将(42期))
第九駆逐隊(司令:小西要人大佐(44期)
第二一駆逐隊(司令:天野重隆大佐(47期))
第五一特別根拠地隊[キスカ担当]
(附属) 君川丸
第七潜水隊(司令:玉木留次郎大佐(45期))
第三二防空隊
第三十設営隊


1943年(昭和18年)8月5日(司令長官:河瀬四郎中将(38期))
第二一戦隊(第五艦隊司令長官直卒)
第二二戦隊(司令官:久宗米治郎少将(41期))
第一水雷戦隊(司令官:木村昌福少将(41期))
第九駆逐隊(司令:井上良雄大佐(48期)
第二一駆逐隊(司令:脇田喜一郎大佐(47期) ※1943/8/20〜)
(附属) 第七潜水隊(司令:岡田有作大佐(47期))
第三六共同丸
君川丸


1944年(昭和19年)1月1日(司令長官:河瀬四郎中将(38期))
第二一戦隊(第五艦隊司令長官直卒)
第二二戦隊(司令官:石崎 昇少将(42期))
第一水雷戦隊(司令官:木村昌福少将(41期))
第七駆逐隊(司令:古閑孫太郎大佐(49期) ※1944/1/10〜)
第九駆逐隊(司令:井上良雄大佐(48期)
(附属) 第七潜水隊(司令:岡田有作大佐(47期))


1944年(昭和19年)4月1日(司令長官:志摩清英中将(39期))
第二一戦隊(第五艦隊司令長官直卒)
第一水雷戦隊(司令官:木村昌福少将(41期))
第七駆逐隊(司令:古閑孫太郎大佐(49期))
第十八駆逐隊(司令:井上良雄大佐(48期))


1944年(昭和19年)12月15日(司令長官:志摩清英中将(39期))
(直卒) 足柄(艦隊旗艦)
第三一戦隊(司令官:鶴岡信道少将(43期))
第三十駆逐隊(司令:沢村成二大佐(49期)) ※1944/12/15解隊
第四三駆逐隊(司令:菅間良吉大佐(50期))
第五二駆逐隊(司令:岩上次一大佐(50期))
第二一海防隊
第二二号海防艦 第二九号海防艦
第三一号海防艦 第四三号海防艦
第九三三航空隊(司令:三田国雄大佐(50期))


第六艦隊
解説
従来、常設艦隊であった第一艦隊第二艦隊に各1個潜水戦隊を配備していた日本海軍でははあったが、昭和15年末に第六艦隊として独立した潜水艦隊を編制した。
日本海軍にとって潜水艦部隊は漸減作戦の為の偵察任務、奇襲任務に投入する戦力であり、通商破壊作戦に使用するという考えは上層部には殆どなかった。
太平洋戦争開戦直後の第一段階作戦では主に偵察任務に使用された為、殆ど活躍の機会を得られなかった。またソロモン諸島を巡る戦いにおいても、敵主力艦を攻撃することに重点を置かれていたため、極一部のインド洋方面で運用された部隊が通商破壊戦に投入された程度であり、全体として損失ばかり多く、戦果は非常に少なかった。

日本海軍の潜水艦は非常に多くのタイプが存在し、航空機搭載艦を実戦運用したのは世界でも日本だけである。さらに輸送任務にまで使用した。
一方で非常に消耗が激しく、開戦時に配備されていた潜水艦の多くは戦時中に失われている。またこの消耗率の多さが、逆に敵潜水艦も消耗しているはずだとの希望的観測に結び、海上護衛部隊の対潜攻撃技術の発展を阻害したという一面もあったという。
  
所属戦隊
1941年(昭和16年)12月 開戦時(司令長官:清水光美中将(36期))
(直卒) 香取(艦隊旗艦)
第一潜水戦隊(司令官:佐藤 勉少将(40期))
伊九潜(戦隊旗艦)
第一潜水隊(司令:今里 博大佐(45期) ※〜1942/1/31)
第一潜水隊司令:今和泉喜次郎大佐(44期) ※1942/2/1〜
第二潜水隊(司令:今和泉喜次郎大佐(44期) ※〜1942/1/31)
第二潜水隊(司令:今里 博大佐(45期) ※1942/2/1〜)
第三潜水隊(司令:(期))
第四潜水隊(司令:(期))
靖国丸
第二潜水戦隊(司令官:山崎重暉少将(41期) ※〜1942/2/5)
第二潜水戦隊(司令官:市岡 寿少将(42期) ※1942/2/5〜)
伊七潜(戦隊旗艦)
第七潜水隊(司令:(期))
第八潜水隊(司令:(期))
伊十潜
さんとす丸
第三潜水戦隊(司令官:三輪茂義少将(39期))
伊八潜(戦隊旗艦)
第十一潜水隊(司令:水口兵衛中佐(46期))
第十二潜水隊(司令:中岡信喜大佐(45期)
第二〇潜水隊(司令:大竹寿雄大佐(45期))


1942年(昭和17年)4月10日(司令長官:小松輝久中将(37期))
香取(艦隊旗艦)
第一潜水戦隊(司令官:山崎重暉少将(41期))
伊九潜(戦隊旗艦)
第二潜水隊(司令:今里 博大佐(45期))
第四潜水隊(司令:(期))
平安丸
第二潜水戦隊(司令官:市岡 寿少将(42期))
伊七潜(戦隊旗艦)
第七潜水隊(司令:(期))
第八潜水隊(司令:(期))
さんとす丸
第三潜水戦隊(司令官:三輪茂義少将(39期) ※〜1942/4/26)
第三潜水戦隊(司令官:河野千万城少将(42期) ※1942/4/26〜)
伊八潜(戦隊旗艦)
第十一潜水隊(司令:水口兵衛大佐(46期))
第十二潜水隊(司令:中岡信喜大佐(45期)
靖国丸
第八潜水戦隊(司令官:石崎 昇少将(42期))
伊十潜(戦隊旗艦)
第一潜水隊(司令:今和泉喜次郎大佐(44期))
第三潜水隊(司令:(期))
第十四潜水隊(司令:(期))
日枝丸
(附属) 第十三潜水隊(司令:(期))


1942年(昭和17年)7月14日(司令長官:小松輝久中将(37期))
香取(艦隊旗艦)
第一潜水戦隊(司令官:山崎重暉少将(41期) ※〜1942/10/22)
第一潜水戦隊
司令官:三戸 寿少将(42期) ※1942/10/22〜1943/3/29)
第一潜水戦隊司令官:古宇田武郎少将(41期) ※1943/3/29〜)
伊九潜(戦隊旗艦)
第二潜水隊(司令:今里 博大佐(45期) ※〜1942/7/19)
第二潜水隊(司令:宮崎武治大佐(46期) ※1942/7/20)
第四潜水隊(司令:(期))
第十五潜水隊(司令:(期))
平安丸
第二潜水戦隊(司令官:市岡 寿少将(42期)) ※1942/8/20解隊
伊七潜(戦隊旗艦)
第七潜水隊(司令:(期))
第八潜水隊(司令:(期))
さんとす丸
第三潜水戦隊(司令官:河野千万城少将(42期) ※〜1942/12/5)
第三潜水戦隊司令官:駒沢克己少将(42期) ※1942/12/5〜
伊十一潜(戦隊旗艦)
第十一潜水隊(司令:水口兵衛大佐(46期) ※〜1942/11/28)
第十一潜水隊
(司令:岩上英寿大佐(46期) ※1942/11/28〜1943/3/15)
第十一潜水隊※ 1943/3/15:解隊、第十二潜水隊に統合
第十二潜水隊(司令:岡本義助大佐(47期) ※〜1942/11/27戦没)
第十二潜水隊(司令:小林 一大佐(48期) ※〜1942/11/28〜)
靖国丸
第八潜水戦隊(司令官:石崎 昇少将(42期))
伊十潜(戦隊旗艦)
第一潜水隊(司令:今和泉喜次郎大佐(44期) ※〜1942/8/25)
第一潜水隊(司令:大田信之輔大佐(47期) ※1942/8/26〜1943/2/11戦没)
第一潜水隊司令:岩上英寿大佐(46期) ※1943/3/25〜)
第三潜水隊(司令:(期))
第十四潜水隊(司令:(期))
日枝丸


1943年(昭和18年)4月15日(司令長官:小松輝久中将(37期))
(直卒) 香取(艦隊旗艦)
第一潜水戦隊(司令官:古宇田武郎少将(41期))
伊九潜(戦隊旗艦)
第二潜水隊(司令:宮崎武治大佐(46期))
第十五潜水隊(司令:(期))
平安丸
第三潜水戦隊(司令官:駒沢克己少将(42期))
伊十一潜(戦隊旗艦)
第十二潜水隊(司令:小林 一大佐(48期))
第二二潜水隊(司令:西野耕三大佐(48期))
靖国丸
第八潜水戦隊(司令官:石崎 昇少将(42期))
伊十潜(戦隊旗艦)
第一潜水隊(司令:岩上英寿大佐(46期))
第十四潜水隊(司令:(期))
日枝丸


1943年(昭和18年)9月1日(司令長官:高木武雄中将(39期))
(直卒) 香取(艦隊旗艦)
第一潜水戦隊(司令官:古宇田武郎少将(41期))
第一潜水隊(司令:岩上英寿大佐(46期))
第一潜水隊
※1943/9/25 第二潜水隊と統合
第二潜水隊(司令:宮崎武治大佐(46期) ※〜1943/9/22)
第二潜水隊司令:岩上英寿大佐(46期) ※1943/9/23〜)
第十五潜水隊(司令:(期))
平安丸
第三潜水戦隊(司令官:駒沢克己少将(42期)) ※9月15日付け解隊
伊十一潜(戦隊旗艦)
第十二潜水隊(司令:小林 一大佐(48期))
第二二潜水隊(司令:西野耕三大佐(48期))
靖国丸
第八潜水戦隊(司令官:市岡 寿少将(42期))
伊十潜(戦隊旗艦) 伊八潜(遣独潜水艦)
第十四潜水隊(司令:(期))
日枝丸
(附属) 呂三五潜 呂三六潜


1943年(昭和18年)10月20日(司令長官:高木武雄中将(39期))
(直卒) 香取(艦隊旗艦)
第一潜水隊(司令:有泉龍之介大佐(51期)) ※1944/12/15開隊
第十二潜水隊(司令:小林 一大佐(48期))
第二二潜水隊(司令:西野耕三大佐(48期) ※〜1943/11/4)
第二二潜水隊司令:前島寿英大佐(48期) ※1943/11/5〜)
伊十一潜
第一潜水戦隊(司令官:古宇田武郎少将(41期))
第二潜水隊(司令:岩上英寿大佐(46期))
第十五潜水隊(司令:(期))
平安丸
第八潜水戦隊(司令官:市岡 寿少将(42期))
伊十潜(戦隊旗艦) 伊八潜(遣独潜水艦)
第十四潜水隊(司令:(期))
日枝丸
第十一潜水戦隊(司令官:石崎 昇少将(42期))
(附属) 靖国丸
呂三五潜 呂三六潜


1944年(昭和19年)1月15日(司令長官:高木武雄中将(39期))
(直卒) 香取(艦隊旗艦)
第一潜水隊(司令:有泉龍之介大佐(51期))
第二潜水隊(司令:岩上英寿大佐(46期) ※〜1944/2/2戦没 以後欠員)
第十二潜水隊(司令:小林 一大佐(48期) ※〜1944/1/31)
第十二潜水隊司令:楢原省吾大佐(48期) ※1944/2/1〜
第十五潜水隊(司令:(期))
第二二潜水隊(司令:前島寿英大佐(48期) ※〜1944/1/19戦没)
第二二潜水隊
司令:栢原保親大佐(49期) ※1944/1/31〜
伊十潜 伊十一潜
第八潜水戦隊(司令官:市岡 寿少将(42期))
第三〇潜水隊(司令:(期))
伊八潜 伊二六潜 伊二七潜 伊二九潜 伊三七潜
第十一潜水戦隊(司令官:石崎 昇少将(42期))
長鯨
※各錬成潜水艦、多数
筑紫丸
(附属) 靖国丸
呂三五潜 呂三六潜


1944年(昭和19年)4月1日(司令長官:高木武雄中将(39期))
(直卒) 第一潜水隊(司令:有泉龍之介大佐(51期))
第二潜水隊(司令:欠員 ※1944/4/25解隊)
第七潜水隊(司令:(期))
第十二潜水隊(司令:楢原省吾大佐(48期))
第十五潜水隊(司令:(期))
第二二潜水隊(司令:栢原保親大佐(49期) ※〜1944/7/12戦没)
伊十潜 伊十一潜
第七潜水戦隊(司令官:大和田 昇少将(44期))
第五一潜水隊(司令:加藤良之助大佐(48期) ※〜1944/6/25戦没)
第五一潜水隊(司令:田上明次大佐(51期) ※1944/6/25〜1944/8/15解隊)
第八潜水戦隊司令官:市岡 寿少将(42期)
伊八潜 伊二六潜 伊二七潜 伊二九潜 伊三七潜 伊五二潜 伊一六五潜 伊一六六潜
呂五〇一潜
筑紫丸
第十一潜水戦隊(司令官:石崎 昇少将(42期))
長鯨
※各錬成潜水艦、多数
筑紫丸


1944年(昭和19年)8月15日(司令長官:三輪茂義中将(39期))
(直卒) 第一潜水隊(司令:有泉龍之介大佐(51期))
第七潜水隊(司令:(期))
第十五潜水隊(司令:(期))
第三四潜水隊(司令:(期))
伊十潜
第七潜水戦隊司令官:大和田 昇少将(44期)
伊三六一潜 伊三六二潜
第八潜水戦隊(司令官:魚住治策少将(42期))
伊八潜 伊三七潜 伊五二潜 伊一六五潜 伊一六六潜
呂一一三潜 呂一一五潜 呂五〇一潜
第十一潜水戦隊司令官:石崎 昇少将(42期)
長鯨
※各錬成潜水艦、多数
(附属) 筑紫丸
第三〇三十潜水艦基地隊 第三一潜水艦基地隊


1944年(昭和19年)12月15日(司令長官:三輪茂義中将(39期))
(直卒) 第十五潜水隊(司令:(期))
第三四潜水隊(司令:(期))
伊八潜 伊十二潜
第七潜水戦隊司令官:大和田 昇少将(44期)
伊三六一潜 伊三六二潜 伊三六三潜 伊三六五潜 伊三六六潜 伊三六七潜 伊三六八潜 伊三六九潜 伊三七〇潜 伊三七一潜
第八潜水戦隊司令官:魚住治策少将(42期)
呂一一三潜 呂一一五潜
第十一潜水戦隊(司令官:石崎 昇少将(42期) ※〜1944/12/21)
第十一潜水戦隊
司令官:仁科宏造少将(44期) ※1944/12/21〜
長鯨
※各錬成潜水艦、多数
(附属) 筑紫丸
第六三一海軍航空隊
第三一潜水艦基地隊


1945年(昭和20年)3月1日(司令長官:三輪茂義中将(39期))
第七潜水戦隊司令官:大和田 昇少将(44期)
第一潜水隊(司令:(期))
第十五潜水隊(司令:(期))
第三四潜水隊(司令:(期))
伊八潜 伊十二潜 伊三六一潜 伊三六二潜 伊三六三潜 伊三六五潜 伊三六六潜 伊三六七潜 伊三六八潜 伊三六九潜 伊三七〇潜 伊三七一潜 伊三七二潜
波一〇一潜 波一〇二潜 波一〇四潜
第十一潜水戦隊(司令官:仁科宏造少将(44期))
長鯨
伊三五一潜
波一〇三潜 波一〇五潜 波一〇七潜
(附属) 第六三一海軍航空隊
第三一潜水艦基地隊


1945年(昭和20年)6月1日(司令長官:醍醐忠重中将(40期))
(直卒) 第一潜水隊(司令:(期))
第十五潜水隊(司令:(期))
第十六潜水隊(司令:(期))
第三四潜水隊(司令:(期))
伊八潜 伊十二潜
第十一潜水戦隊(司令官:仁科宏造少将(44期))
長鯨
伊二〇一潜 伊二〇二潜 伊三七三潜
(附属) 第六三一海軍航空隊
第三一潜水艦基地隊


第七艦隊
解説
忘れられた艦隊とも言うべきだろうか。意外とも言うべきだろうが、第七艦隊の存在を知っている人は少ない。
太平洋戦争開戦時、日本海軍は連合艦隊指揮下の第一艦隊第六艦隊第一航空艦隊第十一航空艦隊。そして南遣艦隊によって編制されていた。
その後南東方面・ソロモン諸島の戦いが始まるにあたり第八艦隊が編制。その後第九艦隊編制へと続き、第七艦隊は欠番となっていた。
そんな中、第七艦隊が新設されたのは1945年(昭和20年)4月15日のことであった。
担当区域は朝鮮海峡。沖縄戦開始により朝鮮海峡の防衛を主目的とした新設艦隊であったが、所属艦艇は僅か1個戦隊のみ。主に機雷敷設を行って機雷堰を構築することに従事した。

当時の朝鮮海峡は南方からの海上航路が完全に途絶した時期であり、せめて大陸からの物資を少しでも本土に持ち帰ろうとした日本にとって最後の海上航路でもあった。
但しこの時点でまともに使える艦船もなく、大型商船も軒並み全滅。護衛艦艇も燃料不足で動かすことが出来ない有様であった。ちなみに戦艦『大和』最後の出撃に使われた燃料は本来この航路護衛に使用される予定の燃料が利用されたという。
  
所属戦隊
1945年(昭和20年)4月15日(司令長官:岸 福治中将(40期))
第十八戦隊(司令官:水井静治少将(40期))
(附属) 下関防備隊
第一〇二号海防艦 第一〇四号海防艦
第一〇六号海防艦 第一五四号海防艦


第八艦隊
解説
南東方面に進出し、米豪分断作戦を実施するに当たり、内南洋を第四艦隊の担当とし、ソロモン諸島・ビスマーク諸島を含む外南洋担当として新編成された艦隊である。
編制後、最初の開戦が第一次ソロモン海戦であった。以後ソロモン諸島・ガダルカナル島をめぐる死闘を連合国軍と演じた。
だが連合国軍の進攻(飛び石作戦)により後方に取り残される形となると以後遊兵と化し、補給も途絶したまま自給自足態勢に移行して終戦となった。
  
所属戦隊・艦艇
1942年(昭和17年)7月14日(司令長官:三川軍一中将(38期))
(直卒) 鳥海(艦隊旗艦)
第十八戦隊
第七潜水戦隊(司令官:吉富説三少将(39期)
第十三潜水隊(司令:宮崎武治大佐(46期))
第二一潜水隊(司令:清水利夫大佐(46期))
第七根拠地隊[ニューギニア担当]
第八根拠地隊[ラバウル担当]
(附属) 第二航空隊(司令:山本 栄大佐(46期))
第三十駆逐隊(司令:安武史郎大佐(47期))
津軽
呉鎮守府第三特別陸戦隊
聖川丸
第十設営隊 第十一設営隊 第十二設営隊
第十三設営隊 第十四設営隊 第十五設営隊
佐世保鎮守府第五特別陸戦隊


1942年(昭和17年)12月20日(司令長官:三川軍一中将(38期))
(直卒) 鳥海(艦隊旗艦) 青葉 夕張
第三水雷戦隊(司令官:橋本信太郎少将(41期))
第十一駆逐隊(司令:杉野修一大佐(46期))
第二二駆逐隊(司令:脇田喜一郎大佐(48期))
第三十駆逐隊(司令:安武史郎大佐(47期))
第一根拠地隊[ブイン担当]
第二特別根拠地隊[ウエワク担当]
第七根拠地隊[ニューギニア担当]
第八根拠地隊[ラバウル担当]
第八連合特別陸戦隊
呉鎮守府第六特別陸戦隊
横須賀鎮守府第七特別陸戦隊
(附属) 津軽 夕凪 宗谷
第一防空隊 第二防空隊 第三防空隊 第四防空隊
第十一防空隊 第十二防空隊 第十三防空隊
第十四防空隊 第十五防空隊
第二一防空隊 第二二防空隊 第二三防空隊
第二四防空隊 第三一防空隊
第一〇一設営隊 第一二一設営隊 第一三一設営隊
第四測量隊
第九三八海軍航空隊(司令:寺井邦三大佐(50期)) ※1943/4/15開隊
第九五八海軍航空隊(司令:浜田武夫大佐(48期)) ※1942/12/1開隊


1944年(昭和19年)1月1日(司令長官:鮫島具重中将(37期))
第三水雷戦隊(司令官:中川 浩少将(42期))
第二二駆逐隊(司令:金岡国三大佐(48期) ※〜1944/1/14)
第二二駆逐隊(司令:岡 三知夫大佐(50期) ※1944/1/15〜)
第三十駆逐隊(司令:沢村成二大佐(49期))
第一根拠地隊[ブイン担当]
第八根拠地隊[ラバウル担当]
第十四特別根拠地隊[カビエン担当]
(附属) 夕凪 松風
宗谷
筑紫
第二防空隊 第五防空隊 第十四防空隊
第二一防空隊 第二二防空隊 第三六防空隊
第四四防空隊 第四五防空隊 第四七防空隊 第四九防空隊
第五二防空隊 第六三防空隊 第六四防空隊 第六五防空隊
第六七防空隊 第六九防空隊
第一輸送隊 第二輸送隊
第四測量隊
第十一魚雷艇隊
第九三八海軍航空隊(司令:寺井邦三大佐(50期))
第九五八海軍航空隊(司令:飯田麒十郎大佐(48期))


1944年(昭和19年)8月15日(司令長官:鮫島具重中将(37期))
第一根拠地隊[ブイン担当]
(附属) 第九三八海軍航空隊(司令:山田龍八)
第一輸送隊


第九艦隊
解説
1943年(昭和18年)11月、連合国軍のニューギニア・フィリピン方面進攻に対応する為に東部インドネシア地区を担当する第四南遣艦隊と共に西部ニューギニアを担当する為に編成された艦隊である。当初は南東方面艦隊の指揮下に編入されていた。だが艦隊とは言っても僅かな艦艇と根拠地隊から編制され、実質は陸戦部隊であった。
1944年(昭和19年)3月、南西方面艦隊の指揮に移籍。戦力として期待できるほどの兵力は有しておらず、事実連合国軍の攻撃によって壊滅、昭和19年5月3日司令部玉砕。艦隊は昭和19年7月10日付けで解隊となり、残存戦力は南西方面艦隊直卒とされた。
    
所属戦隊・艦艇
1943年(昭和18年)11月15日 新編制時 (司令長官:遠藤喜一中将(39期))
第二特別根拠地隊[ウエワク担当]
第七根拠地隊[ラエ→シオ担当]
(附属) 白鷹 不知火 掃海艇(4隻) 佐世保第五特別陸戦隊


1944年(昭和19年)3月25日 移籍時 (司令長官:遠藤喜一中将(39期))
第二七特別根拠地隊[カイリル島担当]
(附属) 第二通信隊 駆潜艇(3隻)
  も                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     ・