帝国陸軍 歩兵連隊(4)

歩兵第九十連隊 〜 歩兵第一一九連隊

  歩兵第九十連隊
通称号
編成
編成地
最終時の上級部隊と配置
解説

  歩兵第九一連隊
通称号
編成
編成地
最終時の上級部隊と配置
解説

  歩兵第九二連隊
通称号
編成
編成地
最終時の上級部隊と配置
解説

  歩兵第九三連隊
通称号
編成
編成地
最終時の上級部隊と配置
解説

  歩兵第九四連隊
通称号
編成
編成地
最終時の上級部隊と配置
解説

  歩兵第九五連隊
通称号
編成
編成地
最終時の上級部隊と配置
解説

  歩兵第九六連隊
通称号
編成
編成地
最終時の上級部隊と配置
解説

  歩兵第九七連隊
通称号
編成
編成地
最終時の上級部隊と配置
解説

  歩兵第九八連隊
通称号 稔九二五八
編成 1944年(昭和19年)4月26日
編成地 旭川
最終時の上級部隊と配置
第七七師団 鹿児島県加治木
解説 本土防衛部隊として編成された連隊であり、歩兵第九九連隊・歩兵第一〇〇連隊とは兄弟連隊である。
北海道防衛戦力の充実の為に、第七師団が道東地区に移動したのにともない編成されたのが第七七師団隷下の連隊の一つである。
防衛担当地域は大雪山系の西側地域であり、苫小牧東方に対上陸戦用の陣地を構築した。
1945年(昭和20年)5月、本土決戦に備えて九州に移動が決定。鹿児島県加治木にて防衛陣地構築にあたるが、本土決戦は起こらず、そのまま終戦を迎えた。
    

  歩兵第九九連隊
通称号 稔九二六〇
編成 1944年(昭和19年)4月26日
編成地 旭川
最終時の上級部隊と配置
第七七師団 鹿児島県加治木
解説 本土防衛部隊として編成された連隊であり、歩兵第九八連隊・歩兵第一〇〇連隊とは兄弟連隊である。
北海道防衛戦力の充実の為に、第七師団が道東地区に移動したのにともない編成されたのが第七七師団隷下の連隊の一つである。
防衛担当地域は大雪山系の西側地域であり、苫小牧東方に対上陸戦用の陣地を構築した。
1945年(昭和20年)5月、本土決戦に備えて九州に移動が決定。鹿児島県加治木にて防衛陣地構築にあたるが、本土決戦は起こらず、そのまま終戦を迎えた。
    

  歩兵第一〇〇連隊
通称号 稔九二六二
編成 1944年(昭和19年)4月26日
編成地 旭川
最終時の上級部隊と配置
第七七師団 鹿児島県加治木
解説 本土防衛部隊として編成された連隊であり、歩兵第九八連隊・歩兵第九九連隊とは兄弟連隊である。
北海道防衛戦力の充実の為に、第七師団が道東地区に移動したのにともない編成されたのが第七七師団隷下の連隊の一つである。
防衛担当地域は大雪山系の西側地域であり、苫小牧東方に対上陸戦用の陣地を構築した。
1945年(昭和20年)5月、本土決戦に備えて九州に移動が決定。鹿児島県加治木にて防衛陣地構築にあたるが、本土決戦は起こらず、そのまま終戦を迎えた。
    

  歩兵第一〇一連隊
通称号
編成
編成地
最終時の上級部隊と配置
解説

  歩兵第一〇二連隊
通称号
編成
編成地
最終時の上級部隊と配置
解説

  歩兵第一〇三連隊
通称号
編成
編成地
最終時の上級部隊と配置
解説

  歩兵第一〇四連隊
通称号
編成
編成地
最終時の上級部隊と配置
解説

  歩兵第一〇五連隊
通称号
編成
編成地
最終時の上級部隊と配置
解説

  歩兵第一〇六連隊
通称号
編成
編成地
最終時の上級部隊と配置
解説

  歩兵第一〇七連隊
通称号
編成
編成地
最終時の上級部隊と配置
解説

  歩兵第一〇八連隊
通称号
編成
編成地
最終時の上級部隊と配置
解説

  歩兵第一〇九連隊
通称号
編成
編成地
最終時の上級部隊と配置
解説

  歩兵第一一〇連隊
通称号
編成
編成地
最終時の上級部隊と配置
解説

  歩兵第一一一連隊
通称号
編成
編成地
最終時の上級部隊と配置
解説

  歩兵第一一二連隊
通称号
編成
編成地
最終時の上級部隊と配置
解説

  歩兵第一一三連隊
通称号
編成
編成地
最終時の上級部隊と配置
解説

  歩兵第一一四連隊
通称号
編成
編成地
最終時の上級部隊と配置
解説

  歩兵第一一五連隊
通称号
編成
編成地
最終時の上級部隊と配置
解説

  歩兵第一一六連隊
通称号
編成
編成地
最終時の上級部隊と配置
解説

  歩兵第一一七連隊
通称号
編成
編成地
最終時の上級部隊と配置
解説

  歩兵第一一八連隊
通称号
編成
編成地
最終時の上級部隊と配置
解説

  歩兵第一一九連隊
通称号
編成
編成地
最終時の上級部隊と配置
解説