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戦車第四十連隊 |
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通称号 |
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闘一二五三三部隊 |
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編成 |
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昭和19年7月29日 |
戦車第三二大隊として編制 |
昭和20年4月6日 |
戦車第四十連隊に改編 |
編成地 |
久留米 |
最終時の上級部隊と配置 |
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独立戦車第六旅団 |
鹿児島県川辺町 |
解説 |
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戦車第四一連隊 |
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通称号 |
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顕一二三二八部隊 |
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編成 |
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昭和20年4月6日 |
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編成地 |
習志野 |
最終時の上級部隊と配置 |
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独立戦車第二旅団 |
神奈川県 |
解説 |
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戦車第四二連隊 |
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通称号 |
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鑿一二四九二部隊 |
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編成 |
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昭和20年4月6日 |
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編成地 |
青野ヶ原 |
最終時の上級部隊と配置 |
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独立戦車第四旅団 |
北九州高良台 |
解説 |
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戦車第四三連隊 |
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通称号 |
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躍一二五四九部隊 |
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編成 |
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昭和20年4月6日 |
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編成地 |
久留米 |
最終時の上級部隊と配置 |
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独立戦車第六三旅団 |
宮崎県八代町 |
解説 |
戦車第十八連隊補充隊を基幹として編制。 |
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戦車第四四連隊 |
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通称号 |
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進二一四〇九部隊 |
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編成 |
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昭和20年4月6日 |
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編成地 |
盛岡 |
最終時の上級部隊と配置 |
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第十一方面軍 |
盛岡 |
解説 |
戦車第二二連隊補充隊を基幹として編制。
東北地区唯一の戦車連隊 |
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戦車第四五連隊 |
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通称号 |
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偕一二三五七部隊 |
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編成 |
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昭和20年4月6日 |
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編成地 |
津田沼 |
最終時の上級部隊と配置 |
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第五五軍 |
四国 |
解説 |
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戦車第四六連隊 |
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通称号 |
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宗一二五四六部隊 |
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編成 |
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昭和20年4月6日 |
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編成地 |
(不明) |
最終時の上級部隊と配置 |
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第五六軍 |
福岡県福島町 |
解説 |
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戦車第四七連隊 |
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通称号 |
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偕二一四一一部隊 |
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編成 |
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昭和20年4月6日 |
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編成地 |
盛岡 |
最終時の上級部隊と配置 |
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第五五軍 |
四国 |
解説 |
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戦車第四八連隊 |
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通称号 |
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捷一二三五八部隊 |
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編成 |
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昭和20年4月6日 |
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編成地 |
(不明) |
最終時の上級部隊と配置 |
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第五二軍 |
千葉県八街町 |
解説 |
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戦車第五一連隊 |
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通称号 |
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奮迅三七六〇三部隊 |
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編成 |
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昭和20年8月5日 |
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編成地 |
四平 |
最終時の上級部隊と配置 |
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独立戦車第九連隊 |
四平楊木林 |
解説 |
四平戦車学校と独立戦車第一旅団の転属者を基幹とし、在満招集者によわって編制された。
昭和20年8月、ソ連進行に伴ない第四四軍の隷下に入り四平付近で戦闘準備を整えたが戦闘することなく終戦を迎えた。 |
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戦車第五二連隊 |
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通称号 |
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奮迅三七六〇四部隊 |
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編成 |
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昭和20年8月5日 |
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編成地 |
四平 |
最終時の上級部隊と配置 |
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|
独立戦車第九連隊 |
四平楊木林 |
解説 |
四平戦車学校と独立戦車第一旅団の転属者を基幹とし、在満招集者によわって編制された。
昭和20年8月、ソ連進行に伴ない第四四軍の隷下に入り四平付近で戦闘準備を整えたが戦闘することなく終戦を迎えた。
(戦車第五一連隊と同じ) |
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