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帝國海軍の重巡洋艦(2) |
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妙高級 |
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ワシントン軍縮条約以前に計画された10,000トン級大型偵察巡洋艦を条約の規制内に収めるべく改修・設計されたのが本級である。
基準排水量10,000トンに20cm砲10門を搭載する列強最大の兵装を誇るが、基本的に古鷹級の拡大発展型であり、打撃力重視・防御力軽視の艦でもある。
また高速性能を高める為、全体に細長い船体となっている。その為主砲発射時の船体のねじれから来る命中率低下と集中防御方式を取る為に、第1砲塔と第5砲塔の距離を可能な限り圧縮した配置をとっている。
主砲は第1次改装の折に軍縮条約の制限いっぱいまで大きくする為に、従来の20cm砲から20.3cm砲(8inch)に変更している。
通常、他国の重巡クラスでは水雷兵装を装備していない。これは被弾時の被害を押える為と、通常魚雷を打ち合う距離にまで接近しないということが前提であるが、日本海軍の場合、魚雷の航続距離が他国の5倍、40,000mにまで達する為、最後まで魚雷を装備しつづけた。
第2次改装の時に4連装発射管2基を増設し、片舷8射線と予備魚雷8本の24本を装備している。
この第2次改装時に大規模な改装を行っており、このときに水中防御力の増強を狙ってバルジを取り付けている。
また各種装備品の増加により喫水が深くなったためでもあり、第1次改装のときに装着したバルジを撤去し、より大型のバルジを装着した。これにより最大幅が3.39mも増加している。
航空機運用施設も一部変更された。
戦時中に飛行機揚収装置をデリック形式から装甲クレーン形式に変更している。これは妙高・羽黒のみであり、外観上の識別点となっている。 |
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妙高級の要目 |
(新造時) |
(開戦時) |
(最終時・妙高) |
基準排水量 |
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10,902t |
13,000t |
全長(L) |
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203.76m |
水線長(W.L) |
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201.62m |
最大幅(B) |
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18.9m |
20.7m |
主機 |
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艦本式衝動式タービン4基4軸 |
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130,000馬力 |
132,000馬力 |
速力(K.NT) |
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35.6ノット |
33.8ノット |
航続力 |
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14ノット/8,000海里 |
14ノット/7,900海里 |
武装 |
主砲 |
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20p連装砲*5基10門 |
20.3p連装砲*5基10門 |
高角砲 |
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12p単装高角砲*6門 |
12.7p連装高角砲*4基8門 |
魚雷 |
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61p連装発射管*3基 |
61p4連装発射管*4基 |
61p4連装発射管*2基 |
機銃 |
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25o3連装機銃*4基12門 |
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25o連装機銃*4基8門 |
25o連装機銃*8基16門 |
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25o単装機銃*24基 |
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13o連装機銃*2基 |
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航空兵装 |
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カタパルト1基
水偵2機 |
カタパルト2基
水偵1機 観測機2機 |
同型艦 |
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4隻 妙高・那智・足柄・羽黒 |
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(各艦の戦歴)
妙高 |
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1929年7月31日 |
横須賀工廠で竣工 |
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1935年2月 |
第1次改造工事完了 |
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1941年4月 |
第2次改造工事完了 |
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1941年12月8日 |
第2艦隊第5戦隊に所属 |
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フィリピン攻略作戦に参加 |
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1942年2月 |
スラバヤ沖海戦に参加 |
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1942年5月 |
珊瑚海海戦に参加 |
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1942年6月 |
アリューシャン攻略作戦に参加 |
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1942年8月24日 |
第2次ソロモン海戦に参加 |
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1942年10月26日 |
南太平洋海戦に参加 |
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1944年6月19日 |
マリアナ海戦に参加 |
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1944年10月 |
レイテ沖海戦に参加 |
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終戦時 |
シンガポールにて行動不能状態 |
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1946年7月5日 |
英軍によりマラッカ海峡で海没処分 |
那智 |
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1928年11月26日 |
呉工廠で竣工 |
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1935年6月 |
第1次改造工事完了 |
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1940年3月 |
第2次改造工事完了 |
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1941年12月8日 |
第2艦隊第5戦隊に所属 |
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フィリピン攻略作戦に参加 |
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1942年2月 |
スラバヤ沖海戦に参加 |
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1942年4月 |
第5艦隊旗艦になる |
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1942年6月 |
アリューシャン攻略作戦に参加 |
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1943年3月 |
アッツ沖海戦に参加・損傷 |
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1943年7月 |
キスカ撤収作戦に参加 |
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1943年12月 |
対空兵装・電探等の装備を追加 |
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1944年10月 |
レイテ沖海戦に参加(志摩艦隊所属) |
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スリガオ海峡で最上と衝突 |
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1944年11月5日 |
マニラ湾内で米軍機の攻撃を受け被弾・被雷、沈没。 |
足柄 |
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1928年11月26日 |
呉工廠で竣工 |
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1935年2月 |
第1次改造工事完了 |
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1935年3月 |
ジョージ6世戴冠式記念観艦式参加の為訪英 |
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1940年6月 |
第2次改造工事完了 |
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1941年12月8日 |
第3艦隊第16戦隊に所属 |
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フィリピン攻略作戦に参加 |
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1942年2月 |
スラバヤ沖海戦に参加 |
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1942年4月 |
第2南遣艦隊旗艦に任命 |
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1943年4月 |
対空兵装・電探等の装備を追加 |
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1944年2月 |
第5艦隊第21戦隊に編入 |
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1944年3月 |
対空兵装の再強化実施 |
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1944年10月 |
レイテ沖海戦に参加(志摩艦隊所属) |
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1944年12月 |
サンホセ突入作戦に参加 |
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1945年6月8日 |
バンガ海峡で英潜トレンチャントの雷撃を受け沈没 |
羽黒 |
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1929年4月25日 |
三菱造船所長崎で竣工 |
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1935年6月 |
第1次改造工事完了 |
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1939年12月 |
第2次改造工事完了 |
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1941年12月8日 |
第2艦隊第5戦隊に所属 |
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フィリピン攻略作戦に参加 |
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1942年2月 |
スラバヤ沖海戦に参加 |
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1942年5月 |
珊瑚海海戦に参加 |
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1942年6月 |
アリューシャン攻略作戦に参加 |
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1942年8月24日 |
第2次ソロモン海戦に参加 |
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1943年7月 |
対空兵装・電探等の装備を追加 |
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1944年6月19日 |
マリアナ海戦に参加 |
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1944年10月 |
レイテ沖海戦に参加 |
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1945年5月16日 |
マラッカ海峡で英軍機の空襲を受け損傷 |
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その後英駆逐艦隊と戦闘、雷撃を受け沈没 |
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