魚雷攻撃の問題点(1) |
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真珠湾が狭くて浅い点である。しかし1940年イギリス海軍はイタリアのタラント湾において真珠湾より浅いにも関わらず雷撃に成功している。この点で前例があるということで日本海軍は魚雷攻撃を決定した。
しかし旧式低速のイギリス攻撃機・ソードフィシュと日本海軍の97式艦上攻撃機とでは条件が違がいすぎた。
遥かに高い位置から投下される魚雷はソードフィシュから投下される魚雷よりも深く沈降するのである。
当時、高度100m前後で投下された魚雷はいったん50〜60m程度沈下した後浮上しつつ前進するのである。
しかし真珠湾の水深はわずか12mであった。
これに対する対策として日本海軍・雷撃の第一人者、村田重治少佐が中心になって様々な方法が考案された。結果当時100m前後と定められた魚雷投下高度を10m程度まで下げることによって魚雷の沈下を押さえようとしたのである。熟練搭乗員ばかり集めた当時の空母艦載機部隊だからこそ為し得た方法ではあったが、それでも沈下は20m程度であった。
これに浅深度魚雷の開発を進めていた航空技術廠の九一式改二航空魚雷を組み合わせることで条件をクリヤーしたのである。
沈度安定板を取り付けた魚雷は時速300km程度の高速で飛行しても高度10〜20mで投下すれば沈下を12m以内に押さえられたのである。
しかし改良の遅れた為、魚雷は必要分ギリギリの本数を空母『加賀』に積み込み出撃前にやっと単冠湾で他艦に分配するという一幕もあった。
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魚雷攻撃の問題点(2) |
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魚雷防御網の設置である。浅深度での魚雷攻撃を行っても魚雷防御網に対しての対策は取れなかったのである。ホノルル領事館からの報告では戦艦は魚雷防御網を設置していないと思われるとの報告であったが魚雷攻撃の効果を確実視できなかった。
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水平爆撃の問題点(1) |
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魚雷攻撃出来ない艦艇、内側碇泊艦に対する攻撃方法として水平爆撃を併用して対処することとなった。しかし水平爆撃では命中精度の問題があったのである。
これはハワイ作戦だけに限ったことではないが、水平爆撃の命中率が向上しなかった為、一時日本海軍では水平爆撃廃止論も出たほどであった。
命中率の悪いボイコー照準器の命中率の悪さもあったが、人的影響もあった。
当時日本海軍では学校出の士官が編隊長として爆撃指揮を執っていた。しかし経験の浅い士官搭乗員ではただでさえ命中率の悪い水平爆撃の命中率向上は図れなかった。
当然のごとく猛訓練で対処する日本軍。しかし命中率向上に貢献したのは爆撃指揮官の変更・爆撃蕎導機の採用であった。
通常の編隊では指揮は編隊長の士官が務め、爆撃時のみ経験豊富な熟練搭乗員・横空特修生(爆撃専修)の乗る爆撃蕎導機に編隊長位置を譲り攻撃指示をしたのである。これが命中率の向上と水平爆撃廃止の危機から救ったのである。
その上での猛訓練は命中率の著しい向上したのである。
9機編隊での爆撃を5機編隊にしても80%以上の命中率を得られる見通しが得られたのである。
[補足] |
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9機編隊による爆撃とは各機1発の爆撃で1発の命中。
つまり11%の命中率を期待していた。
5機編隊での場合5発に1発。つまり20%の命中率である。 |
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水平爆撃の問題点(2) |
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従来の250kg爆弾では戦艦に対し効果は望めなかった。
そこで水平爆撃では新型の対艦船用に新型の800kg徹甲爆弾が採用された。従来の250kg爆弾の非力さを補う為に開発された爆弾であり、戦艦『長門』級の40cm砲弾が利用された。
これは高度3,000m程度からの投下すると厚さ15cmの鋼板を貫通する性能を持つ。
米戦艦『アリゾナ』爆沈がこの爆弾の威力を示している。
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[命中率] |
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ちなみに当日各任務機毎の命中率は以下の通りである。
雷撃 |
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55.3% |
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[米軍発表] |
水平爆撃 |
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24.4% |
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急降下爆撃 |
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49.2% |
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