ハワイ作戦に関する
燃料補給の問題点と対策

 





日本からハワイまでの作戦想定航路で片道3000海里である。
当然作戦を行い、再び戻らなければならない。
ここで問題になるのは作戦距離の長さもさる事ながら日本海軍艦艇が持つ共通の問題でもある。
日本海軍の対米戦略は従来より邀撃作戦である。これは太平洋を長躯進撃したきたアメリカ艦隊を本土近海で迎え撃つ作戦であり、艦隊決戦で勝つことを目的とした艦艇整備を行ってきた。
よって艦艇設計の基本が砲雷撃力と速度の強化であった。
したがって航続距離が短く、3000海里進出し戦い再び戻ってくる行動は相当無理があった。
零式戦闘機とグラマンの関係が逆転したようだ。
実際この作戦を行うにあたり、かろうじて問題が無いと思われるのは『翔鶴』『瑞鶴』ぐらいであり、他は軒並み無理であった。その上当然だが戦術行動も行うのである。普通艦隊が必要とする以上の燃料が必要である。

当然洋上における燃料補給が必要なのであるが、当計画が最初に構想された1940年(昭和15年)には『赤城』をはじめとする40,000t以上の大型艦に対する洋上補給システムは確立していなかったのである。
急遽給油船を改良(主に船首構造)し、猛訓練で40,000t以上の大型艦への洋上補給を行える見通しを立てたのである。

航路の問題もある。北方航路は冬季の天候が非常に悪く洋上補給に適した日は10%程度と考えられた。
当然各艦の航続距離延長対策が図られた。燃料である重油を少しでも多く積むためにドラム缶を甲板上に積まれることとなった。それこそ山のように・・・
戦艦・空母等の大型艦は重心を保つ必要から艦内に空所があり、そこには水・燃料を積むことは規定で禁じられていた。
今回はその空所にまで燃料を積むことにしたのである。

結果は・・・北方航路は穏やかであった。
当初予期された洋上補給はさほど困難なことなく十分補給を行えたのであった。