ハワイ攻撃に関する
機密保持の問題点と対策
 





本作戦の大前提は開戦初頭に長躯ハワイまで進撃し、アメリカ軍の意表を突くことである。そのため敵に悟られること無く艦隊をハワイまで進撃しなければならない。距離にして3000海里である。

『敵を騙すにはまず味方から』のことわざではないが、作戦計画の全貌を知るものは非常に限られた者だけである。
 連合艦隊司令長官・山本五十六大将及び参謀長、参謀
 第1航空艦隊司令長官・南雲忠一中将及び参謀長、各参謀
 軍令部総長永野修身元帥及び軍令部作戦課の一部のもの
以上のメンバーだけである。但し訓令部総長も承認する際に知っているだけで、作戦の詳細まではタッチしていない。また海軍大臣・海軍次官らの高官さえもこの計画についてはまったく知らなかった。
当の作戦部隊さえも単冠湾に終結後のことであり、封密命令によって知らせれたのである。

航路選定は北方航路・北緯40度付近の航路が選定された。ここは一年中天候が荒れているため、一般商船との接触はありえないと判断された。またアメリカの哨戒線600海里(予想)の外を縫う形となっているためハワイ及びアリューシャンからの哨戒に引っかからないと判断された。
これによりハワイ北方800海里に進出しようとしたのである。

直接警戒として艦隊の前方には警戒部隊の駆逐艦を配置、どんな艦であっても出会ったら本隊は進路変更し極力探知されないようにする。
同様に航空機も発見される可能性がある為、索敵任務の航空機さえ飛ばさなかった。

間接警戒として国内においても多数の艦船が本土周辺からいなくなると警戒される恐れがある為、豊後水道付近に機動部隊がいるように見せかけるため本土周辺の主力部隊・陸上基地航空部隊を使っての偽装無電も行われた。
当然機動部隊は厳重な無線封止を行った。
これらによってアメリカ軍は機動部隊の動きを正確につかむことは出来なかった。実際にワシントンの海軍情報部は11月26日の日本艦隊所在報告で機動部隊は呉・佐世保付近にいて南方作戦の準備中であると推定している。
実際にはこの日に単冠湾を出撃しているのだ。

この結果ハワイ作戦が成功したのである。

[管理人注]これらの機密保持はのちのミッドウェーの時とは大違いである。